雑司ヶ谷霊園

東京には沢山の繁華街があります。


筆頭は、六本木、新宿、渋谷、銀座、上野など多くの繁華街があります。
そんな中、池袋も乗降者数250万人以上を誇る、新宿に次ぐ日本第2位の繁華街です。

これは、そのまま世界第2位でもあるのですが。

            


そんな池袋駅ですが、繁華街特有の風俗店も勿論沢山存在しており、ソープ、イメクラ、ピンサロ、デリヘル等など、そのレパートリーは、流石第2位と言えるほどです。


しかし、こんな池袋ですが、他お繁華街に比べると何となく地味なイメージが付きまといます。
これは、凄く個人的な意見ですが、上野と池袋は、他の繁華街と異なり、近くに「墓地」が存在する事が理由の一つではないかと思っています。


上野は、谷中霊園があり、池袋には、雑司ヶ谷霊園があります。
どちらも、ちょっと駅から離れていますが、どちらも歩いて行ける、広大な霊園となっています。
谷中霊園は、歴史も古く徳川に関わる政治家などが多く埋葬されており、雑司ヶ谷霊園は、明治に造園されたので、明治を代表する、夏目漱石、竹久夢二、泉鏡花、永井荷風などの文人が多く埋葬されている。


但し、霊園と言っても何か出ると言うわけではない(個人的に見た事がない)ので、ご安心を。
池袋から東池袋に歩いて行き、そのまま護国寺を抜けて行く散歩コースは如何でしょうか?
護国寺では、講談社前にある「群林堂」さんの豆大福を食すのもいいでしょう。




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腐女子文化

風俗、風俗と言うとどうしても「性サービス」だけに目が向きがちですが、池袋には、「乙女ロード」と呼ばれる、腐女子向けのサービスを展開するお店が並んだ通りがあります。

           


場所は、サンシャイン60の前にある200mほどの通りですが、ここが腐女子の聖地といってもいいのでしょうか?


男性であれば、2次元のちょっとロリータっぽい女の子やグラマラスな女性を描いた物や、メイドカフェなどのイメクラとの違いが性サービスだけにしか思えないカフェなどを連想しますが、腐女子向けになると「執事カフェ」なる新たな風俗が生まれるわけです。


偶にサンシャイン60に行く事があるのですが、ちょっと大きめのキャリーケースを引きづる女性を見かける事があり、十中八九乙女ロードに行っております。


ま~男性がソープやらデリヘルやらの風俗サービスを受けているのですから、女性だって王子様っぽい執事に癒されたいのでしょう。


それと、池袋のイメージ的にどうなのかはあれですが、街中に女性が多くいると言うのは、健全な街なんだと思います。
流石に渋谷の様なギャル文化は池袋では難しいかもしれませんが、腐女子文化は、間違いなく花開いております。


まだ、メイドカフェ未経験ですが、これを機会に一度、行ってみるのもありかもです。



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街並み

先日、池袋に行ったのですが、本当に街がどんどんと変わっていくのに付いていけません。


昔を知る方であれば、池袋も新宿などと同じく宿場町として始まった街ですが、戦後の「闇市」でその存在を大きく変えていきました。


新宿には、今だに「思い出横丁」(昔は、ションベン横丁でしたが)の様な昔を偲ぶ、横丁があるのですが、池袋は、ドンドンと開発がされてしまい、他の街とは異なる発展を遂げています。


           

一時期、家電戦争として注目を浴びていた東口のヤマダ電機とビックカメラですが、この辺は、区役所もあったりとしますが、不思議と風俗店も多かったりします。


池袋は、朝霞駐屯地があった事と鉄道の乗り入れがあるターミナルであった事が関係して、闇市が発展したのですが、闇市自体は、今の池袋西口公園にあり、今では、東京芸術劇場もある、文化的な場所になっています。


その対角線上にある区役所近辺に風俗店が多いのが、昔から不思議で仕方ありません。
因みに、その昔、線路沿いの池袋駅前公園近くにワゴンタイプの車が止まっており、駅前で捕まえてきた人に占いをする行為をしている方々がいました。


勿論、水晶とか謎のパワーストーンを売っていましたが、今でもいるのかと覗いてみましたが、流石にいませんでした。



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帰宅は徒歩で

3.11の地震の時、結構な数の人達が徒歩で自宅まで帰る経験をしたと思います。
まだ、自分が若かりし頃、酒と勢いだけで、夜中に徒歩で帰宅した事がありました。
まだ、20代前半だったころ、池袋で飲んでおり、接待と言う事もあったので、キャバクラでちょっと派手に遊んでおりました。

           


本当は、その後、ソープでも行こうかと思っていたのですが、ことの他、キャバクラで盛り上がってしまい、閉店まで延長延長で飲んでいました。


金は掛かると思っていたのですが、場内指名やらなんやらで、結構な額となり、そのまま、ラーメンを食べてからお客さんをタクシーに乗せたまでは良かったのですが、電車はなし、自分もタクシーで帰れば良かったのですが、あまりの散財に、タクシーを躊躇してしまいました。


その夜は、ちょっとテンションがおかしくて、何故か「歩こう!」と思ってしまいました。


当時、阿佐ヶ谷に住んでおり、池袋からだと10キロ弱くらいでしょうか?
山手通りまで出て、中野方面に歩き、線路にぶつかったら、ひたすら線路沿いを歩けば、自宅のある阿佐ヶ谷だったはずなのですが、歩けど歩けど一向に自宅に付きません。


酔っ払っていた事もあり、フラフラと住宅街を抜けようとしたのが、いけなかったらしく、途中で方向を見失い、自棄になり、とりあえず、まっすぐ歩いて大通りに出ようと考えました。
でも、その大通りに辿り付けず。


冬場だったので、深々とふける夜の道、中々明けない空、分からない町、不安しかありませんでした。
少し、空が白んできた頃に線路を発見し、始発まで待ち、家に帰りました。
その駅は、大久保駅。


どうやら、住宅街を山手線に沿って歩いていた様です。
あれ以来、無茶をすまいと心に誓いました。



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夜這クラブ

池袋って場所に関しては、何と言うか、思い入れがあると言うか、何と言うか。


まず、学生時代のバイト先が池袋だった事。
みっちり、3年間、池袋に通ってました。
それから、就職した時も、池袋に会社があり、ここでも5年くらい通っていた。
その後、転職をして、今は、新宿の会社にいるが、今でも池袋時代の奴らとは飲みに行ったりしている。

              


よく、池袋は、怖い街だという人がいるが、実際は、そんなに怖い思いをした事はない。
でも、やっぱり行っちゃいけない場所ってある訳で、そこは、やっぱりディープな匂いがブンブンしている。
池袋でいえば、北口。


ロサ会館と言う建物があるのですが、ここが一つのシンボル的な建物です。


この周りは、飲食店は勿論ですが、キャパクラ、マッサージ、ソープなどなど色々と取りそろっております。
池袋と言えばではないのですが、「イメクラ」が印象的でした。
簡単にいえば、コスプレ風俗なのですが、まだ、コスプレが一般的な言葉ではない時代には、「痴漢電車」「いけない上司」など、男性の妄想を具現化した一種のパラダイスですね。


8時頃から飲んで、10時頃に風俗店に行く事もありましたが、イメクラに行く事はありませんでした。
これが、「夜這クラブ」と言う昔ながらのネーミングだったら、チャレンジしていたかもしれません。
イメクラってちょっと軽い感じがするんですよね。
その点、「夜這」って凄く淫靡ですよね。



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